新東京駅丸の内駅舎オ-プン近し  その1

赤レンガ駅舎の復原


保存復原工事の状況(2009年11月)


保存復原工事により、南ドームが姿を現す(2011年3月)


完成した北ドーム(2012年9月)
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復原に至る経緯
かつての丸の内側の赤レンガ本駅舎は1945年(昭和20年)5月25日、アメリカ軍による東京大空襲によりその多くが破壊され、終戦後の1947年(昭和22年)、開業当初の状態より一回り規模を縮小して修復された。GHQの体制下応急処置的に工事が行われ、屋根の小屋組については復員してきた海軍の技師が5年もてばよいということで、薄い木材のトラス造りで応急的に工事をしたという[10]が、結局60年以上の歳月が過ぎることとなった。旧・日本国有鉄道(国鉄)は戦後度々赤レンガ駅舎の建て替え構想を出しては延期しており、1987年(昭和62年)4月1日の分割民営化の時には当駅全体の土地の3分割を伴った再開発構想が提案され、赤レンガ駅舎の建て替え高層化か保全をするかが本格的に課題となった。これに対して、「赤レンガの東京駅を愛する市民の会」などによる赤レンガ駅舎保存の市民運動が起こった。
1988年(昭和63年)、政府は学識者の委員会による東京駅周辺地区再開発構想を取りまとめ、赤レンガ駅舎の現在地での形態保全の方針を決定し、JR東日本などの検討により1999年(平成11年)、本来の形態に復原することとなった。また、2003年(平成15年)4月18日には国指定の重要文化財に指定された。

復原工事
復原工事に先立って2006年(平成18年)3月17日~31日に丸の内駅舎内で「東京駅ルネッサンス」が開催され、2007年(平成19年)5月30日より、鹿島・清水・鉄建 建設共同企業体が担当となって、駅舎を本来の姿に近い形態に復原する[※ 4]工事が開始された。この工事では、鉄骨鉄筋コンクリート壁で躯体を増築して建築当初の3階建てに戻した上で、外壁、尖塔、南北両ドームの内外の意匠も再現し、新たに地下1・2階を増築し免震装置を設置した。なお、工事による一時解体に伴い、屋根材に使用していた天然スレート65,000枚は産地でもある宮城県石巻市の業者に送られて、選別・清掃・補修した上で倉庫に保管されていたが、東日本大震災で発生した津波で塩害を蒙った。このため、使用可能と判断された45,000枚のみが復原駅舎でも再利用され、不足した2万枚はスペイン産のスレートで補われた。
工事に伴って2006年(平成18年)4月から営業を休止していた駅舎内の「東京ステーションギャラリー」(東日本鉄道文化財団運営)と「東京ステーションホテル」は、復原駅舎の完成とともに規模を拡大した上で営業を再開し、増築された3階部分はホテルのゲストラウンジとされる。駅舎の一部(1階部分)開業は2012年(平成24年)6月10日で、全面開業は同年10月1日の予定である。
復元工事費用(約500億円と新聞などで伝えられている)はJR東日本などが「空中権の売買」を行って捻出した

ウイキペデイアより




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場所 東京駅

撮影日 2012(平成24年)9月27日

撮影機材 LEICA X1
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by kunichan33 | 2012-09-30 18:30 | わが街 

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