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お台場の秋景 その2





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場所 お台場

撮影日 2012(平成24年)10月21日

撮影機材 Nikon D800+AF-S ED NIKKOR 24-70mm F2.8G




平成
東京都は都心の混雑を緩和するため、東京臨海副都心として臨海部の開発を進めた[4]。レインボーブリッジの建設や世界都市博覧会の開催予定により、企業進出が誘致された。
1995年(平成7年):世界都市博覧会の中止が決定される。これによって企業の進出や移転のキャンセルが相次ぎ、13号地は空き地だらけとなったため、発展に暗雲が立ち込めた。また、東京テレポートセンター、東京臨海副都心建設、竹芝地域開発など、この地域を中心に事業を行っていた第三セクターは大幅な赤字となり、事実上破綻した。11月1日、ゆりかもめの新橋駅 - 有明駅間が開業。
1996年(平成8年):臨海副都心開発により新たに港区台場が13号地北部に成立する。これに伴い、第三台場・第六台場が港区港南五丁目から港区台場一丁目に変更される。
1997年(平成9年):フジテレビが新宿区河田町より移転、また同局のテレビドラマ「踊る大捜査線」などによりお台場の知名度が上がり、りんかい線の全線開通(2002年)もあって、商業施設のみならず居住施設やランドマークも続々と誕生した。さらに東京都知事の石原慎太郎がカジノ構想を提唱したため、注目度は一層高まった。
2007年(平成19年):首都高速湾岸線の13号地出入口が臨海副都心出入口に改称される。
2007年(平成19年):乃村工藝社本社ビルと台場ガーデンシティビルの竣工をもって港区台場の開発が完了する。

ウイキペデイアより
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by kunichan33 | 2012-10-31 19:30 | 名所・旧跡

お台場の秋景



お台場は、今はすっかり憩いの場として定着してきましたね。

海が綺麗になったのが非常に印象深いですね。レイボ-ブリッジも市民権をしっかりと得ました。




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場所 お台場

撮影日 2012(平成24年)10月21日

撮影機材 Nikon D800+AF-S ED NIKKOR 24-70mm F2.8G


お台場(おだいば)は、東京都港区台場、およびその周辺の地域名である。港区台場、品川区東八潮、江東区青海のうち青海南ふ頭公園以北から成る。
なお、広義には13号地全体をお台場と呼ぶこともある。さらには臨海副都心地区全体を指す愛称として「お台場」という呼び名を使う場合がある(東京臨海副都心を参照)。

歴史

江戸時代


第六台場


1989年撮影のお台場付近航空写真。現在のような姿を見せるようになったのは1996年頃からである。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を元に作成


品川台場に設置されていた80ポンド青銅製カノン砲(遊就館蔵)
嘉永6年(1853年)、ペリー艦隊が来航して幕府に開国要求を迫る。これに脅威を感じた勘定奉行の川路聖謨らが動き、幕府は江戸の直接防衛のために海防の建議書を提出した伊豆韮山代官の江川英龍に命じて、洋式の海上砲台を建設させた。品川沖に11基の台場を一定の間隔で築造する計画であった。工事は急ピッチで進められ[1]、およそ8ヶ月の工期で1854年にペリーが2度目の来航をするまでに砲台の一部は完成し、品川台場(品海砲台)と呼ばれた。お台場という呼び方は、幕府に敬意を払って台場に御をつけ、御台場と称したことが由来である[2] 。埋め立てに用いる土は高輪の八ツ山や御殿山を切り崩して調達した。
ペリー艦隊は品川沖まで来たが、この砲台のおかげで横浜まで引き返し、そこでペリーが上陸することになった。台場は石垣で囲まれた正方形や五角形の洋式砲台で、まず海上に第一台場から第三台場が完成、その後に第五台場と第六台場が完成した。第七台場は未完成、第八台場以降は未着手で終わった。第四台場は7割ほど完成していたが中止され、その後は造船所の敷地となる。また第四台場の代わりに品川の御殿山のふもとに御殿山下台場が建設され、結局、合計8つの台場が建設された[3]。
完成した台場の防衛は江戸湾の海防を担当していた譜代大名の川越藩(第一台場)、会津藩(第二台場)、忍藩(第三台場)の3藩が担った。
この砲台は十字砲火に対応しており、敵船を正面から砲撃するだけではなく、側面からも攻撃を加えることで敵船の損傷を激しくすることを狙ったものである。2度目の黒船来襲に対し、幕府はこの品川台場建設を急がせ、佐賀藩で作らせた洋式砲を据えたが、結局この砲台は一度も火を噴くことなく開国することとなった。

ウイキペデイアより
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by kunichan33 | 2012-10-30 19:00 | 自然・風景

水天宮




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場所 水天宮

撮影日 2012(平成24年)10月11日

撮影機材 Nikon D800+AF-S ED NIKKOR 24-70mm F2.8G



水天宮 (東京都中央区)
水天宮

所在地東京都中央区日本橋蛎殻町二丁目4番1号
位置北緯35度41分1秒
東経139度47分6秒座標: 北緯35度41分1秒 東経139度47分6秒
主祭神天御中主神
安徳天皇
高倉平中宮
二位の尼
社格等無格社
創建文政元年(1818年)
札所等日本橋七福神(弁財天)
例祭5月5日


水天宮(すいてんぐう)は、東京都中央区日本橋蛎殻町にある神社である。
福岡県・久留米市にある久留米水天宮の分社で、祭神は久留米水天宮と同じ天御中主神・安徳天皇・高倉平中宮(建礼門院、平徳子)・二位の尼(平時子)である。
江戸時代より安産・子授けの神として人々から厚い信仰を集める。妊婦や子供を授かりたい夫婦あるいは無事出産できた夫婦などが、安産や子授かりの願掛けやお礼参りなどで人並みが途絶えることがない。
水天宮通りと新大橋通りの交点にある鉄筋コンクリート造の建物。1階が有料駐車場、2階が境内となる。朱塗りの社殿は蛎殻町のランドマークでもある。

歴史

久留米の水天宮は久留米藩歴代藩主(有馬家)により崇敬されていたが、文政元年(1818年)9月、9代藩主有馬頼徳が江戸・三田の久留米藩江戸上屋敷に分霊を勧請した。これが江戸の水天宮の始まりである。藩邸内にあったため一般人の参拝が難しかったが、江戸でも信仰者の多い水天宮への一般参拝の許可を求める伺書を幕府へ提出、幕府のこうした事例は関与しないとの見解を得た上で、同年から毎月5の日に一般開放された。その人気ぶりは「情け有馬の水天宮」という地口も生まれたほどであった。有馬家の会計記録には「水天宮金」という賽銭や奉納物、お札などの販売物の売上項目があり、その金額は安政年間の記録で年間2000両に上り、財政難であえぐ久留米藩にとって貴重な副収入だった。
明治4年(1871年)、有馬家屋敷の移転とともに赤坂に遷座し、翌明治5年(1872年)、有馬家中屋敷のあった現在の日本橋蛎殻町二丁目に移転した。


ウイキペデイアより
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by kunichan33 | 2012-10-29 21:11 | わが街 

清澄庭園  その3





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場所 清澄庭園

撮影日 2012(平成24年)10月11日

撮影機材 Nikon D800+AF-S ED NIKKOR 24-70mm F2.8G
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by kunichan33 | 2012-10-28 18:30 | 公園・庭園

清澄庭園  その2




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場所 清澄庭園

撮影日 2012(平成24年)10月11日

撮影機材 Nikon D800+AF-S ED NIKKOR 24-70mm F2.8G
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by kunichan33 | 2012-10-27 19:30 | 公園・庭園

清澄庭園  その1




下町にある庭園

ここは、松と石に印象が強いですね。




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場所  清澄庭園

撮影日 2012(平成24年)10月11日

撮影機材 Nikon DD800+AF-S ED NIKKOR 24-70mm F2.8G




清澄庭園(きよすみていえん)は、東京都江東区清澄にある都立庭園。池の周囲に築山や名石を配置した回遊式林泉庭園で、東京都指定名勝に指定されている。

歴史

この地には元禄期の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷があったと伝えられる。享保年間には下総関宿藩主・久世氏の下屋敷となり、ある程度の庭園が築かれたと推定されている。
1878年(明治11年)、荒廃していた邸地を三菱財閥創業者の岩崎弥太郎が買い取り、三菱社員の慰安と賓客接待を目的とした庭園の造成に着手。1880年(明治13年)に竣工し、深川親睦園と命名された。三菱社長の座を継いだ岩崎弥之助は庭園の泉水に隅田川の水を引き込むなど大きく手を加え、1891年(明治24年)に回遊式築山林泉庭園としての完成を見た。なお、1889年(明治22年)には庭園の西側にジョサイア・コンドル設計による洋館が建てられている[1]。
その後、1923年(大正12年)に発生した関東大震災で庭園は大きな被害を受けて邸宅も焼失したが、図らずも近隣住民の避難場所となり多くの人命が救われた。それを受けて1924年(大正13年)、三菱3代目社長の岩崎久弥は当時の東京市に庭園の東半分を公園用地として寄贈。市は大正記念館の移築(1929年5月竣工)や深川図書館の新館舎建設(同年6月竣工)など整備を進め、1932年(昭和7年)7月24日に清澄庭園として開園した。
1973年(昭和48年)に東京都は残る西半分の敷地を購入。翌年から整備を開始し、1977年(昭和52年)に開放公園(清澄公園)として追加開園した。

ウイキペデイアより
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by kunichan33 | 2012-10-26 20:30 | 公園・庭園

彼岸花




今年の花は、遅れて咲きましたね。待たされるのもまた良しでしょうか。




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場所 東京 清澄庭園

撮影日 2012(平成24年)10月11日

撮影機材 Nikon D800+AF-S ED NIKKOR 24-70mm F2.8G
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by kunichan33 | 2012-10-25 18:30 |

にんぎょうちょうの人形市



手作りの力作揃い、どれもこれも目移りさてさてどうする?







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場所 東京 人形町

撮影日 2012(平成24年)10月11日

撮影機材 Nikon D800+AF-S ED NIKKOR 24-70mm F2.8G
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by kunichan33 | 2012-10-24 20:23 | 催し

 浜名一憲の壺展

会社同僚の同級生とのこと、そんなこんなで、焼き物については、まるで素人ですが、興味もあり

写真をとりに行ってまいりました。

印象としては、素晴らしいの一言。関心のある方は、百聞は一見に如かずとの諺があるように

いかれて現物を見に行かれてはどうでしょうか。

写真はほんの触りだけです






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作者の浜名一憲氏

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場所 東京 千駄ヶ谷

撮影日 2012(平成24年)10月20日

撮影機材 Nikon D800+AF-S ED NIKKOR 24-70mm F2.8G


浜田一憲
壺展

Playmoutan

住所
東京都渋谷区千駄ヶ谷3-52-5
原宿ニユ-スカイハイツアネッツクス105号

TEL
03-5775-6745

2012年10月19日(金)-10月29日(月)まで
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by kunichan33 | 2012-10-23 18:06 | 催し

秋明菊が印象的--秋の北鎌倉 東慶寺




駆け込み寺  今や花の寺

四季の顔を見せてくれる。今時は、秋明菊が印象的 今年の夏の酷暑の後の秋景

心落ち着くものがありますね。





本堂
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秋桜

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秋明菊

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秋明菊

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場所 北鎌倉 東慶寺

撮影日 2012(平成24年)10月12日

撮影機材 Nikon 800+AF-S ED NIKKOR 24-70mm F2.8G
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by kunichan33 | 2012-10-22 21:24 | 鎌倉の名所・旧跡

思いのままに撮影散歩を楽しんでいます


by kunichan33
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